2017年11月18日
故 山本光人先生を偲ぶ

山本光人先生のご逝去に対し、謹んで哀悼の意を申し上げます。
昨年は先生にとって、長く苦しい病との戦いの一年だったと思います。私たちには必ず治してすぐに復帰するからとおっしゃっていましたが、一度は回復し始めて私たちも復帰を待ち望んでいた平成28年12月24日にご逝去されたことは誠に残念でなりません。
先生は、昭和53年に岐阜歯科大学を卒業して、豊橋市で山本歯科医院を開業されました。愛知県歯科医師会の青年部委員に昭和63年から平成3年まで、それから開業相談室委員、調査室参与を経て平成9年からは愛知県歯科医師連盟の理事、常任理事、副理事長、評議員、監事、常任監事としてご活躍されました。
先生は僕が入会した当時、谷山先生と高柳先生といつも豊橋市や東三河の同窓会について議論を交わしておりました。豊橋市歯科医師会には、朝日大学出身の先生は僕を含めて4人しかおらず、それでも山本先生は豊橋歯科医師会において朝日大学の地位向上のためいつも一生懸命にご尽力されていました。
それから他地区から豊橋で開業された朝日大学の先生方も増え、今では3倍ほどになりました。少なければ少ないなりの悩みがあり、多くなればまた違った悩みの種も増えていきました。
それら諸々の悩みを一身に背負い山本先生は東三河の同窓生のためにご苦労様されていました。
ある年の新年会の時、先生に呼ばれて来季の朝日大学歯学部同窓会愛知県支部の支部長になられる話を聞きました。そして僕にも協力して欲しいと仰ったので僕も同窓会にいくことを決めました。総務部の常務理事にしていただき、色々な他校の先生方とお会いできる機会もたくさん与えて頂きました。お酒もあまり飲めないのですが、いつも無理に飲まされることもなく輪の中にいれていただきました。大変感謝しております。広島、京都、大阪や豊橋以外の愛知県内から豊橋に来られて開業されている先生方も半分くらいいらっしゃいますが、分け隔てなく豊橋の先生として愛知県支部に送り出されましたので豊橋の山本先生として愛知県支部のつながりも県全体になりました。
そんな何事にも前向きに立ち向かってこられた山本先生が二期目の支部長の時にご逝去されるなんてどんなにご無念なことだったと思います。先生の意思に報いるため少しでも同窓会のお力になれるように努力していく所存であります。
山本光人先生。
本当に心残りですが、これでお別れします。
どうぞ安らかにお眠りください。
合掌
村松秀彦(13期)
2017年11月18日
会報36号 編集後記
この度の40周年記念事業が盛況のうちに幕を閉じました。これもひとえに実行委員の先生方のおかげであると感謝しております。誠にありがとうございました。
さて、話は少し変わりますが、昔からよく小耳にはさんできました諸先輩方のご子息ご息女についての話が当方も現実の話となってきました。その当時は他人事と思い何となく苦労話が伝わってきただけでした。しかし現在、長女が高3、長男は中3、二男に至っては小5と、先輩方の苦労が身に沁みてきました。年明けには長女と長男のダブル受験で精神的に・・・さらに長女の大学受験は歯学部志望で経済的に・・・ここが一つ踏ん張りどころの正念場。楽しい老後を迎えるためにも、諸先輩方が通ってきた道を邁進する所存でございます。
発 行 者/小川 直孝
編集責任者/五藤 芳嗣
編 集 者/小椋 貴夫 / 中村 文昭 / 作 誠太郎 / 中島 康晴
さて、話は少し変わりますが、昔からよく小耳にはさんできました諸先輩方のご子息ご息女についての話が当方も現実の話となってきました。その当時は他人事と思い何となく苦労話が伝わってきただけでした。しかし現在、長女が高3、長男は中3、二男に至っては小5と、先輩方の苦労が身に沁みてきました。年明けには長女と長男のダブル受験で精神的に・・・さらに長女の大学受験は歯学部志望で経済的に・・・ここが一つ踏ん張りどころの正念場。楽しい老後を迎えるためにも、諸先輩方が通ってきた道を邁進する所存でございます。
作 誠太郎
発 行 者/小川 直孝
編集責任者/五藤 芳嗣
編 集 者/小椋 貴夫 / 中村 文昭 / 作 誠太郎 / 中島 康晴
2017年11月18日
福井正人 瀬戸歯科医師会 新会長

− 会長になられて現在の心境をお聞かせください
地区副会長を5期、県歯次長を5期拝命いたしましたが、上司がいることでの心の甘えがあったような気がします。会長となると発言や行動に責任の重さを感じますが、歴代の会長の継承を確実に行い、新しい取り組みにも挑戦できたらと考えています。
−先生のご趣味について教えてください
趣味と言えるほどの事はないですが、食べ物に好き嫌いが無いので食べる事に貪欲です。旅行に出掛けたらその土地の名物を全て食べようとするあまりお腹を壊してしまうという始末です。
また最近は少しでも上手くなるようにゴルフにせっせと出かけていますがなかなか開花しません。みなさまからのお誘いをお待ちしております。
−大学時代の思い出話を教えてください
大学時代は1年生から父の勧めでゴルフ部に入り、実際には2年生から合宿に参加し、5年生まではよく練習していたなあと思います。あのまま今まで続けていれば…と悔しい気持ちでいっぱいです。今は亡き父と一緒に回った数少ないゴルフでいいスコアが出たことは大変良い思い出になりました。
−先生の立場から同窓会に思う事をお聞かせください
やはり同窓会には仲間意識があります。面倒を見てくれた先輩がいたから今度は自分たちが後輩の面倒を見るといった意識が芽生えます。そのような後輩を沢山育てていきたいと考えています。
今期、同窓会愛知県支部14期山本支部長から専務理事を拝命しました。2年目に山本支部長がご逝去され、小川支部長の下で同窓会愛知県支部40周年記念事業が開催され盛況に終わりました。そのような大変な時期に若い先生と共に乗り越えられたことは何よりの財産だと思います。
これから卒業される学生さんたちにも同窓会の素晴らしさが分かってもらえるように、微力ではありますが頑張っていきたいと思います。
−今後の抱負をお聞かせください
先に述べましたように、今まで築き上げられた市民の生活を支える歯科医療の推進と時代に応じた瀬戸歯科医師会会員の繁栄のために、地道にコツコツと会務に取り組んでいこうと思います。
多くの諸先生方にはより一層のご指導、ご鞭撻をお願いしたいと思います。
2017年11月18日
田中勝己 西春日井歯科医師会 新会長

− 会長になられて現在の心境をお聞かせください
当西春日井歯科医師会の役員任期は6月の定時総会から1期2年を区切りとしています。今年度の定時総会が6月17日(土)に開催されました。6月22日には県歯代議員会があり、その後の尾張部代議員の集まりに出席しました。西春日井歯科医師会は、25年以上前から当地区の福祉会(半官半民の特養ホーム等の経営者)との協力関係を持ち、県歯や日歯でも余り見られない特養ホーム等における訪問歯科診療に力を入れてきた歯科医師会です。また、学校保健関係に於いては、地区の東半分はフッ素洗口を実施ししていますが、西半分は実施していないという、フッ素洗口の効果を図る実験場としては最適な地区と考えられます。従いまして、対外的にはそれらの特色を生かした事業等を展開していきたいと思っています。また、対内的にはそれ以前からのそのような傾向は有りましたが、1期の加藤高行先生が会長をされたころから飛躍的に風通しの良い地区であり、我々の同窓会の様にある程度の節度は持ってではありますが、何でも言うことが出来る、何でも聞くことが出来る会として更に成長していければと思っています。
−所属歯科医師会についてお聞かせください
西春日井歯科医師会は、嘗ては旧西春日井郡7町(西から、西枇杷島町、新川町、清洲町、春日町、西春町、師勝町、豊山町)から成る歯科医師会で、現在は2市1町(清須市、北名古屋市、豊山町)で構成される歯科医師会です。大きな救急病院がないため、近隣の西区、北区、稲沢市、小牧市の救急病院と医科歯科連携を行い、1地区で尾張中部医療圏という医療圏を構成しています。しかし、前回の医療圏代表者会議の席上で県の担当者から、医療圏だけでなく、福祉圏域や障がい者圏域も将来的には名古屋と合併するという言質を取ったことを梃に各行政担当者や先に述べた福祉会等の介護福祉関係者に働きかけて医療圏構想をご破算に出来ないかと目論んでいる地区でもあります。
−先生の立場から同窓会に思う事をお聞かせください
私自身は、現時点において同窓会愛知県支部の会計担当常務であります。ですから、本来は内部の人間が何か言うのは間違っているという気がしますが、昔から好きなことを言ってきた人間ですし、言っても諸先輩方もアイツはしょうがないなぁという感じで赦していただいてきたので、申し訳ありませんがハッキリ言わせていただきます。
まず、10年前の30周年記念事業の頃に一般会計のお金が全く無くなってしまったので、各部の理事の先生方には、極力部会を控えて頂きたいというお願いをしてしまいました。その為、それぞれの常務理事の先生が各自で同窓会の仕事をほぼ単独でこなされる様になってしまい、同窓会の事業のノウハウ等の後輩への継承がうまく行かなくなる恐れが出てきました。できれば年に1回程度は各部に於いて部会を行っていただき、部としての統一を図っていただけたらと思います。また、この会報を読んでいる後輩の先生方には、今更ながらとは思いますが、同窓会愛知県支部というのは、一言で言うと文科系の色を濃くしている同窓会です。解らないことや聞きたいことは大概のことは聞いても頭ごなしに怒られることは絶対ないし、言いたいこともうちの支部の中で解決が付くことなら何を言っても許されますので、余りタブーというモノがありません。若い先生方には是非とも同窓会活動にご参加いただき、見聞を広めていただけたらと思います。本当の意味で、最後まで心配してくれて色々と助言や手助けをしてくれるのは、家族以外では同窓会の諸先輩方だと思うので、鬱陶しいことを言われるかも知れないからという独りよがりの判断から、自分からそんな財産と繋がる術を放棄されることなく軽い気持ちでちょっと覗いていただけたらなと、先輩としてはついつい思ってしまいます。
−今後の抱負をお聞かせください
現在、娘が朝日大学歯学部3学年に在籍する父兄としては、何とかして歯科医師国家試験に娘を合格させてやりたいという親心から、資格試験であった筈の国試の性格がいつの間にか選抜試験に変わってしまっている現状を打破するためにも、日本歯科医師会が厚労省に対して出している合格者数を1500人に押さえろという要望を撤廃させることが出来たらと夢というか、希望といったものはあります。
2017年11月18日
小岩井 浩 尾北歯科医師会 新会長
朝日大学同窓会愛知県支部会員11期の小岩井浩先生が尾北歯科医師会会長に、同じく11期の田中勝己先生が西春日井歯科医師会会長に、また同窓会愛知県支部では専務理事を務められている13期の福井正人先生が瀬戸歯科医師会会長にそれぞれ就任され、新会長3名からお話を伺いました。
小岩井 浩 尾北歯科医師会 新会長

− 会長になられて現在の心境をお聞かせください
尾北歯科医師会で中島仁元会長、梶浦哲也前会長の元下で6年間副会長を務めた後に会長を拝命いたしました。副会長時代と併せて県歯調査室で12年間勉強をさせていただき、ある程度、歯科医師会の事は解っているつもりでしたが、組織のトップに立つ事は会の方向性を決め最終決断を自身で下さないといけないという責任の大きさを痛感しています。
−所属歯科医師会についてお聞かせください
尾北歯科医師会は江南市、岩倉市、大口町の2市1町の歯科医師98名で構成されています。2年前に一般社団法人化を果たし現在に至っています。毎月開催される地区常会の出席率は9割を超え、各種事業等の活動は活発な地区だと思います。複数の市町から構成されていますので、それぞれの行政との整合性を保ちつつ各種交渉にあたり地域の口腔衛生向上に貢献しています。また、江南、岩倉、大口それぞれが尾北歯科医師会に所属する形式で、地区組織をもち独自の事業を展開しています。
−先生のご趣味について教えてください
趣味と言えるかどうかお恥ずかしい部分もありますが、広く浅くやってきました。現在はバイク、バンド活動をやっています。バイクは地区の先生に影響されて50歳の時に大型免許を取りました。以来6年間で9台ほどのバイクを乗り継ぎました。命を預ける乗り物ですからバイクは日本車オンリーで、安全運転が信条です。おかげでツーリング仲間に走りが遅いとよく怒られています。バンドは地元のバンドでベースをしています。地元では一部の住民の間では実力派の人気バンドだそうです。他には学生時代に国家試験前に夜な夜な墨俣城址に学生同士が集まってサバイバルゲームをしてストレス解消をしていました。それが興じていまだにエアガン関係には興味があります。また、サーキット走行会に愛車を駆って参加するなど子供じみた趣味をかじっています。
−大学時代の思い出話があれば教えてください
大学時代はとにかく楽しかったですね。田舎の大学なので、下宿生が多く6年間を一緒に過ごした友人たちとの学生生活は楽しかったです。勉強をしなかったおかげで、毎回追試を受けていました。その追試代を払うためにしなくてもいいバイトをするという悪循環に陥っていました。ようやく学業に目覚めたのが6年生に上がってからでしたので、それまでの遅れを取り戻すべくしゃかりきに勉強しました。おかげで卒業、国試と無事ストレートでいけましたが、もっと勉強しておくべきだったというのが実感です。
−先生の立場から同窓会に思う事をお聞かせください
県歯調査室に長い間出向させていただいて思う事は、同窓会は、多感な時を6年間に渡って同じ環境を過ごした事によって生じた価値観を共有する歯科医の集まりと考えています。県歯出向者の会員は、自身が思う思わないに関わらず出身大学の県歯における評価を代表する立場にあります。出向者の活躍が出身大学の評価に繋がります。郡市区歯科医師会においても同様の傾向はある程度あると考えています。歯科医師会で今後活躍される会員が増えていくと思いますが、同窓会活動に参加する事により元気をもらえるような会であって欲しいと思います。そんな会にしていくためには、若い会員の先生方にも積極的に同窓会に参加していただき、同窓生としての絆を深めていただきたいと思います。
−今後の抱負をお聞かせください
7月から郡市区会長に就任してまだ3週間たらずの現時点で具体的な抱負というのを語るのは難しいのですが、郡市区歯科医師会の理事役員は前期から若返りをはかり、執行部は新任理事が多くを占めています。そこで新執行の方針としては2年任期のうち1年目は各理事の与えられたルーティンな仕事を確実に行っていくことを目標としています。2年目は歯科の社会的役割に貢献する事を目的として新たな事業展開を考えています。また若い理事に多く就任していただいたのと併せて今期はできるだけ多くの会員に県歯出向していただく事になりました。これは将来的な郡市区における人材育成を目的としています。私自身が県歯で勉強させていただいた思いが強いので、今後も若い会員には県歯出向者として見聞を広めていただきたいと考えています。
小岩井 浩 尾北歯科医師会 新会長

− 会長になられて現在の心境をお聞かせください
尾北歯科医師会で中島仁元会長、梶浦哲也前会長の元下で6年間副会長を務めた後に会長を拝命いたしました。副会長時代と併せて県歯調査室で12年間勉強をさせていただき、ある程度、歯科医師会の事は解っているつもりでしたが、組織のトップに立つ事は会の方向性を決め最終決断を自身で下さないといけないという責任の大きさを痛感しています。
−所属歯科医師会についてお聞かせください
尾北歯科医師会は江南市、岩倉市、大口町の2市1町の歯科医師98名で構成されています。2年前に一般社団法人化を果たし現在に至っています。毎月開催される地区常会の出席率は9割を超え、各種事業等の活動は活発な地区だと思います。複数の市町から構成されていますので、それぞれの行政との整合性を保ちつつ各種交渉にあたり地域の口腔衛生向上に貢献しています。また、江南、岩倉、大口それぞれが尾北歯科医師会に所属する形式で、地区組織をもち独自の事業を展開しています。
−先生のご趣味について教えてください
趣味と言えるかどうかお恥ずかしい部分もありますが、広く浅くやってきました。現在はバイク、バンド活動をやっています。バイクは地区の先生に影響されて50歳の時に大型免許を取りました。以来6年間で9台ほどのバイクを乗り継ぎました。命を預ける乗り物ですからバイクは日本車オンリーで、安全運転が信条です。おかげでツーリング仲間に走りが遅いとよく怒られています。バンドは地元のバンドでベースをしています。地元では一部の住民の間では実力派の人気バンドだそうです。他には学生時代に国家試験前に夜な夜な墨俣城址に学生同士が集まってサバイバルゲームをしてストレス解消をしていました。それが興じていまだにエアガン関係には興味があります。また、サーキット走行会に愛車を駆って参加するなど子供じみた趣味をかじっています。
−大学時代の思い出話があれば教えてください
大学時代はとにかく楽しかったですね。田舎の大学なので、下宿生が多く6年間を一緒に過ごした友人たちとの学生生活は楽しかったです。勉強をしなかったおかげで、毎回追試を受けていました。その追試代を払うためにしなくてもいいバイトをするという悪循環に陥っていました。ようやく学業に目覚めたのが6年生に上がってからでしたので、それまでの遅れを取り戻すべくしゃかりきに勉強しました。おかげで卒業、国試と無事ストレートでいけましたが、もっと勉強しておくべきだったというのが実感です。
−先生の立場から同窓会に思う事をお聞かせください
県歯調査室に長い間出向させていただいて思う事は、同窓会は、多感な時を6年間に渡って同じ環境を過ごした事によって生じた価値観を共有する歯科医の集まりと考えています。県歯出向者の会員は、自身が思う思わないに関わらず出身大学の県歯における評価を代表する立場にあります。出向者の活躍が出身大学の評価に繋がります。郡市区歯科医師会においても同様の傾向はある程度あると考えています。歯科医師会で今後活躍される会員が増えていくと思いますが、同窓会活動に参加する事により元気をもらえるような会であって欲しいと思います。そんな会にしていくためには、若い会員の先生方にも積極的に同窓会に参加していただき、同窓生としての絆を深めていただきたいと思います。
−今後の抱負をお聞かせください
7月から郡市区会長に就任してまだ3週間たらずの現時点で具体的な抱負というのを語るのは難しいのですが、郡市区歯科医師会の理事役員は前期から若返りをはかり、執行部は新任理事が多くを占めています。そこで新執行の方針としては2年任期のうち1年目は各理事の与えられたルーティンな仕事を確実に行っていくことを目標としています。2年目は歯科の社会的役割に貢献する事を目的として新たな事業展開を考えています。また若い理事に多く就任していただいたのと併せて今期はできるだけ多くの会員に県歯出向していただく事になりました。これは将来的な郡市区における人材育成を目的としています。私自身が県歯で勉強させていただいた思いが強いので、今後も若い会員には県歯出向者として見聞を広めていただきたいと考えています。
2017年11月18日
記念式典、記念公演、 記念祝賀会の司会をして

朝日大学歯学部同窓会愛知県支部創立40周年おめでとうございます。6月18日に開催された記念式典に出席いたしました。記念式典の準備の為の実行委員会に声をかけて頂き、少しでもお手伝い出来ればと思い参加させて頂きましたが、想像すらしていなかった記念式典、記念公演、記念祝賀会の司会をお引き受する事になりました。ご来賓、同窓生、約200名もの皆さんの前での司会は私にとって初めての事でしたので、日々、司会の事が頭の片隅から離れず、緊張して当日を迎えました。記念式典での第一声の緊張感は今でも思い出します。記念公演は東儀秀樹氏の演奏を間近で鑑賞出来、今までは日本の音楽でありながら接する機会が少なかったのですが、雅楽の響きの中とても厳かな時間でした。今回の記念式典には女性の先生が今までより多く参加して下さり、華やかな雰囲気でとても嬉しく思いました。当日助けて下さった先生方、気にかけて声をかけて下さった先生方のおかげで至らない事は多々あったと思いますが、何とか無事に終える事が出来、感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございました。
水野素子(24期)
2017年11月18日
記念講演会の司会をして

講演会は東国原英夫氏『社会を生き抜く決断力』という演題で行われました。
タレント、元宮崎県知事、元衆議院議員という様々な肩書をお持ちの東国原氏ならではの講演はやはりバラエティー豊かであり、笑いあり、感動あり、ハラハラドキドキもありで終始心惹かれる内容でした。『正しいペットボトルの飲み方』のお話の真最中に、私は緊張していたのか喉が乾燥し、むせてペットボトルのお茶を飲みたいのに壇上横で飲みづらい立ち位置でしたが、そんなことも言っていられず、お話中の『間違ったペットボトルの飲み方』で大胆に飲むことになりました。そして、フライデー事件や、とてもお美しかったとしみじみ語られる元奥様とのエピソードと話題が進みますが、予定の1時間を過ぎても一向に終わる様子もなく、時計と小川支部長のお顔を順々に見て、とても焦りました。予定外の30分延長でしたが、開き直り楽しい時間を過ごしました。素敵な時間を頂戴した東国原英夫様に感謝すると共に、貴重なチャンスをくださいました皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。
城所貴美惠(23期)
2017年11月18日
歴代支部長からの寄稿
−第12期 支部長−
私が支部長を行っていたのは、平成21年4月から平成24年の3月までの3年間でした。当時愛知県在住の同窓生は、約600名だったと思います。その中で、同窓会の愛知県支部に1度でも会費を納入していただけた先生は、かなりいました。しかし、4割の先生は協力いただけない同窓生もいました。
事業の充実として、実習付き講演会や、講演会の複数回の開催を積極的に行ってきました。同窓会の活動を、男性と女性の双方からのアプローチすることも考えるようになりました。そのために、女性歯科医師の会を愛知県支部内だけでなく、東海地方で連携を持たせることから始め、本部同窓会へも広げていきました。
私は以前から、支部会費徴収の事業に関与してきて、会費未納者に対する会費額が膨大な金額になってきており、日置支部長の時代に、過去の未納分を切り離して考えるように切り替えました。(慶弔関係は過去の未納分で差をつけることといたしました。)その結果、請求金額は、最大で35,000円(入会金5,000円過去未納分1 年15,000円と本年度分15,000円で35,000円)となりました。
また、会費徴収の原本は現在も紙媒体で行っています。ここ10年程を使って紙から電子媒体への移行を行っています。しかし、コンピュータのソフトも開発、それに付随してデータの入力および、その結果が次年度の会費請求用紙の打ち出しが行われますが、その確認は、会費請求時の当日紙媒体と同時に確認をしています。おおむねソフトが稼働するようになってきましたが、まだ細かい部分に修正が必要だと思われます。会費請求作業が毎年春と秋の2回あるのですが、数時間で終了するようになりました。その後は、2期生の山本光人先生が、13期と14期の支部長を行い、14期の途中でお亡くなりになられました。亡くなられる9か月前の3月には、大阪での本部同窓会の総会で、ご一緒して懇親会にも出られ元気でおられましたが、昨年の12月にはお亡くなりになられました。
私が支部長を行っていたのは、平成21年4月から平成24年の3月までの3年間でした。当時愛知県在住の同窓生は、約600名だったと思います。その中で、同窓会の愛知県支部に1度でも会費を納入していただけた先生は、かなりいました。しかし、4割の先生は協力いただけない同窓生もいました。
事業の充実として、実習付き講演会や、講演会の複数回の開催を積極的に行ってきました。同窓会の活動を、男性と女性の双方からのアプローチすることも考えるようになりました。そのために、女性歯科医師の会を愛知県支部内だけでなく、東海地方で連携を持たせることから始め、本部同窓会へも広げていきました。
私は以前から、支部会費徴収の事業に関与してきて、会費未納者に対する会費額が膨大な金額になってきており、日置支部長の時代に、過去の未納分を切り離して考えるように切り替えました。(慶弔関係は過去の未納分で差をつけることといたしました。)その結果、請求金額は、最大で35,000円(入会金5,000円過去未納分1 年15,000円と本年度分15,000円で35,000円)となりました。
また、会費徴収の原本は現在も紙媒体で行っています。ここ10年程を使って紙から電子媒体への移行を行っています。しかし、コンピュータのソフトも開発、それに付随してデータの入力および、その結果が次年度の会費請求用紙の打ち出しが行われますが、その確認は、会費請求時の当日紙媒体と同時に確認をしています。おおむねソフトが稼働するようになってきましたが、まだ細かい部分に修正が必要だと思われます。会費請求作業が毎年春と秋の2回あるのですが、数時間で終了するようになりました。その後は、2期生の山本光人先生が、13期と14期の支部長を行い、14期の途中でお亡くなりになられました。亡くなられる9か月前の3月には、大阪での本部同窓会の総会で、ご一緒して懇親会にも出られ元気でおられましたが、昨年の12月にはお亡くなりになられました。
野田高史(3期)
2017年11月18日
歴代支部長からの寄稿
−第10期〜第11期 支部長−
同窓会40周年祝賀会が盛大に開催され、喜びも一入です。私が同窓会に本格的に係わりを持ったのは、専務理事として藤本明伸支部長のもとで昭和59年からでした。その後、平成15年4月に藤本支部長から引き継ぎ2期6年間支部長を拝命いたしました。
支部長に就任した年、愛知県の卒業生は27期卒業生を迎え500名近くの大きな同窓会となり、毎年20〜30名の卒業生があり組織は次第に大きくなりましたが,同窓会の事業に参加する会員はあまり増えず会のまとまりは徐々に低下していました。これはとくに若い世代の同窓会への参加がよくなく、今もこの傾向は続いていると思います。会員の同窓会参加を促すため厚生事業や学術講演などで魅力的な会活動をと考えましたが、今一つ大きな成果を得る事が出来ず反省しています。
また、私が卒業した時の女性の卒業生は学年全体で数名ほどしかいなく、1期生では愛知県は1名だけでしたが徐々にその割合は多くなり、私が支部長に就任したころは毎年、卒業生の3〜4割を女性が占めるようになってきました。そのため、女性会員同士の交流の活性化や女性が参加しやすい事業内容を模索するため女性会員の会を設けました。女性歯科医師の増加は同窓会だけでの話ではなく愛知県歯科医師会においても平成19年度から女性委員会が発足されました。後の支部長や役員の努力もあり、最近では女性会員の同窓会への参加が増えてきているようです。これからも小川支部長を先頭に役員・会員の皆様の協力のもと、同窓会がいっそう和やかに発展することを願っております。

同窓会40周年祝賀会が盛大に開催され、喜びも一入です。私が同窓会に本格的に係わりを持ったのは、専務理事として藤本明伸支部長のもとで昭和59年からでした。その後、平成15年4月に藤本支部長から引き継ぎ2期6年間支部長を拝命いたしました。
支部長に就任した年、愛知県の卒業生は27期卒業生を迎え500名近くの大きな同窓会となり、毎年20〜30名の卒業生があり組織は次第に大きくなりましたが,同窓会の事業に参加する会員はあまり増えず会のまとまりは徐々に低下していました。これはとくに若い世代の同窓会への参加がよくなく、今もこの傾向は続いていると思います。会員の同窓会参加を促すため厚生事業や学術講演などで魅力的な会活動をと考えましたが、今一つ大きな成果を得る事が出来ず反省しています。
また、私が卒業した時の女性の卒業生は学年全体で数名ほどしかいなく、1期生では愛知県は1名だけでしたが徐々にその割合は多くなり、私が支部長に就任したころは毎年、卒業生の3〜4割を女性が占めるようになってきました。そのため、女性会員同士の交流の活性化や女性が参加しやすい事業内容を模索するため女性会員の会を設けました。女性歯科医師の増加は同窓会だけでの話ではなく愛知県歯科医師会においても平成19年度から女性委員会が発足されました。後の支部長や役員の努力もあり、最近では女性会員の同窓会への参加が増えてきているようです。これからも小川支部長を先頭に役員・会員の皆様の協力のもと、同窓会がいっそう和やかに発展することを願っております。
日置義照(1期)

2017年11月18日
歴代支部長からの寄稿
−第3期途中〜第9期 支部長−
この会報が発刊されるのは、そろそろ木枯らしの便りが聞かれる頃かと思いますが、書いているのは猛暑日が続く暑さ真っ盛りの頃です。時間のズレ(そう設立40周年を記念して開催された祝賀会の少し後です)はご容赦下さい。古来、『少年老い易く、学成り難し』、『光陰矢の如し』などと言いますが、月日の経つのは早いものです。支部同窓会が設立されてもう40年、私にはついこの間、過ぎてしまえば“あっ”と言う間のような気がします。
大学を卒業した頃は愛知県歯科医師会を組織されてみえる先生方はまだまだ旧六校(日歯・東歯・日大・医歯大・大歯・九歯)の先生方が多く、愛学の先生方がボチボチ開業されかけた頃です。愛学の開学は昭和36年、我校は46年、10年の開きがありました。お会いするいずれの先生もとても立派で、偉く感じたものでした。新設校卒業生として愛学の先生方が、旧六校の先生方との懇親を、試行錯誤され、努力される姿を横目で見ながら、我が同窓会員を如何に愛知県下各地区歯科医師会に認めていただくか?1・2期生の重要課題でした。時節は容赦なく過ぎて行きます。心に余裕もない中、同窓会支部として一大事業を催行することとなりました。設立10周年記念祝賀会です。実行委員長を始めとする実行委員会を決め、規模・内容・開催場所・開催日等全て未知、苦労した事を覚えています。なんとか開催にこぎ着け、会員の家族にも参加して頂きたく、小学校低学年以下の子供の遊戯部屋を用意しました。その部屋で子供達が遊ぶ様子を見て、当時の愛学支部長大島慶久先生(参議院議員も務められました)が、『我々の同窓会では出来ない事ですね。』とお褒めのお言葉(自分で勝手に解釈していますが)をいただきました。良い思い出です。
聖徳太子の十七条の憲法にもある『和をもって尊しと為す』を心根に19年間支部長を務めさせていただきました。ありがとうございました。
最後に、40年の間に亡くなられた会員も少なくありません。若くして亡くなられた会員には無念の思いであったと思います。冥福を祈りつつ、ご挨拶といたします。
この会報が発刊されるのは、そろそろ木枯らしの便りが聞かれる頃かと思いますが、書いているのは猛暑日が続く暑さ真っ盛りの頃です。時間のズレ(そう設立40周年を記念して開催された祝賀会の少し後です)はご容赦下さい。古来、『少年老い易く、学成り難し』、『光陰矢の如し』などと言いますが、月日の経つのは早いものです。支部同窓会が設立されてもう40年、私にはついこの間、過ぎてしまえば“あっ”と言う間のような気がします。
大学を卒業した頃は愛知県歯科医師会を組織されてみえる先生方はまだまだ旧六校(日歯・東歯・日大・医歯大・大歯・九歯)の先生方が多く、愛学の先生方がボチボチ開業されかけた頃です。愛学の開学は昭和36年、我校は46年、10年の開きがありました。お会いするいずれの先生もとても立派で、偉く感じたものでした。新設校卒業生として愛学の先生方が、旧六校の先生方との懇親を、試行錯誤され、努力される姿を横目で見ながら、我が同窓会員を如何に愛知県下各地区歯科医師会に認めていただくか?1・2期生の重要課題でした。時節は容赦なく過ぎて行きます。心に余裕もない中、同窓会支部として一大事業を催行することとなりました。設立10周年記念祝賀会です。実行委員長を始めとする実行委員会を決め、規模・内容・開催場所・開催日等全て未知、苦労した事を覚えています。なんとか開催にこぎ着け、会員の家族にも参加して頂きたく、小学校低学年以下の子供の遊戯部屋を用意しました。その部屋で子供達が遊ぶ様子を見て、当時の愛学支部長大島慶久先生(参議院議員も務められました)が、『我々の同窓会では出来ない事ですね。』とお褒めのお言葉(自分で勝手に解釈していますが)をいただきました。良い思い出です。
聖徳太子の十七条の憲法にもある『和をもって尊しと為す』を心根に19年間支部長を務めさせていただきました。ありがとうございました。
最後に、40年の間に亡くなられた会員も少なくありません。若くして亡くなられた会員には無念の思いであったと思います。冥福を祈りつつ、ご挨拶といたします。
藤本明伸(1期)